第二十回 労働安全衛生と化学物質管理
日本ケミカルデータベース株式会社
コンサルタント 北村 卓
化学物質のリスクアセスメント (1) 厚生労働省の指針
今回から取り上げるリスクアセスメントは、近年厚生労働省が事業者の取組として重視しています。
厚生労働省は労働災害全般にわたる指針として「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(公示第1号; 平成18年3月10日)を、化学物質に関しては「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(公示第2号; 平成18年3月10日)を公表しました。どちらにも労働基準局長の施行通達({「危険性又は有害性等の調査等に関する指針について」基発第0310001号; 平成18年3月10日、と「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針について」基発第0330004号、平成18年3月30日)で内容を説明をしています。「調査」の指針となっていますが、調査(評価; アセスメント)だけでなくその結果に対する措置(マネジメント)に関する事項を含んでいます。ここでは主として「化学物質リスクアセスメント指針」とその施行通達を見ていきます。
用語
指針の用語の定義は以下のとおりです。
- 「危険性又は有害性」; 施行通達はISO,ILOの危険源、危険有害要因、ハザードと同じとしています。
- 「調査」; 化学物質、化学物質を含有する製剤、その他のもので労働者の危険又は健康障害を生ずるおそれのあるものによるハザードの調査で、対象には化学物質を用いる作業や設備を含みます。
- 「調査等」; 調査及びその結果に基づく措置で、アセスメントとともにリスク低減措置を含みます。
- 「化学物質等」; 指針は労働現場で労働者に危険又は健康障害を生ずるおそれのあるものとしています。「おそれ」がなければリスクアセスメントの対象にならないとも読めますが、「危険又は健康障害を生ずる」かどうかはアセスメントの結果でわかることなので、実際は使用する全ての化学品にアセスメントが必要になるでしょう。混合物化学品では、データを取得しないでも、類似組成の製品のアセスメント結果から合理的にハザードの推測が可能の場合があります。
- 「リスク」;ハザードにより生ずるおそれのある負傷又は疾病の重篤度及び発生する可能性の度合いで、その評価結果は、措置の必要性の優先度の決定に用いられます。混合物製品では製品そのもののと含有物質による両方のリスクを考えることが必要になります。製品そのもののハザードも含有物質に由来しているのですが、物理危険性は製品としてのデータが取得されることが多く製品全体の形で考えることが実際的です。一方、健康有害性は含有物質が人の健康や生態に独立して作用すると考え、含有物質の情報が参考になります。多くの混合物製品の健康有害性は、製品全体としての試験結果ではなく、GHSの「つなぎの原則」で示されています。
- 「リスク低減措置」; リスク低減の優先度の設定とその措置のことで、評価の結果で許容されないリスクに優先的に対策をとります。化学品の取扱い現場には多様なリスクがあり、特定のリスクに対しての措置が無条件で最善の策になるとは限りません。対策によって生じる対抗リスクや排除しきれない残留リスクについても考えます。
- 「負傷又は疾病」と「負傷又は疾病の重篤度」; 施行通達では、それぞれISO等の「危害」、「危害のひどさ」と表現される言葉と同義としています。
労働安全衛生法に基づく他の政省令、指針との関係
リスクアセスメント指針にあるリスク低減措置は他の政省令や指針のものと同じです。労働安全衛生ではリスクの対象やハザードの発生源が明確で、対策はばく露低減と有害物質の発散抑制に絞られ、現場で取りうる対策の選択肢は限られていることが多いでしょう。アセスメントの都度に新たな対策を考えるのではなく、既知の手段や既存設備の活用を図ることになるでしょう。
リスクアセスメントの手順
リスクアセスメントにはいろいろな方法が提案されていますが、基本的には以下の手順をとります。
- 1) 化学品のハザードの特定
- 2) 1)で特定されたハザードによって生ずるおそれのある可能性の度合い(リスク)の見積もり
- 3) 2)の見積もりに基づくリスク低減措置の検討
- 4) リスク低減措置の実施
- 作業性を著しく悪くする対策は、作業時の手順やルールを守リにくすることで、かえって重大な事故災害の誘因となることがあります。立案には現場の作業者の意見も取り入れます。
- 密閉化や無人化は定常の作業時のリスク(ばく露)をゼロにしますが、既存プラントへの適用は難しく、実際には許容可能なリスクまでの低減策を検討します。修理・保守点検などの非定常作業もリスクアセスメントの対象です。
マネジメントシステム(MS)との関係
日本ではMSの導入が進んでおり、労働安全衛生法もこの考え方を取り込んでいます。マネジメントシステム指針は、労働安全衛生は事業場のトップの責任で進めなければならないとしています。安全衛生では、現場の担当者の熱意と努力に任されがちになりますが、それでは組織としての安全衛生の水準は向上せず、短期的には良化したように見えても、すぐにもとのレベルに戻るものです。
リスクアセスメント実施の体制
指針は労働安全衛生法の安全衛生管理体制のもとで実施することとしています。具体的には、
- 1) 業場の総括安全衛生管理者(事業場トップ)にアセスメントを統括管理させ、安全(衛生)管理者に実施を管理させる
- 2) 学物質管理者を指名し、調査に関する技術的業務を行わせる
- 3) 安全衛生委員会の活用で労働者を参加させる
- 4) 化学物質や関連する機械設備について専門的知識を持つものの参画に努め、化学設備の特性を把握している者、生産技術者等の専門家、化学物質に専門的知識を有する者の参画を求める。
- 5) 事業者は上記の者に必要な教育を実施する
としています。
実施時期
リスクアセスメントの実施時期は、
- 1) 建設物(プラント)の設置・移転・変更・解体時
- 2) 設備の新規採用・変更時
- 3) 原材料を新規に採用・変更時
- 4) 作業方法・手順の新規に採用・変更時
- 5) その他、リスクに変化が生じるあるいは生じるおそれのあるとき、労災が発生し過去の調査等の内容に問題があるとき、化学物質のハザードに新たな知見を入手したとき、前回の調査から一定の期間が経過し、機械設備の経年劣化、労働者の安全衛生に関する知識経験に変化、新たな安全衛生に関わる知見があったとき、などが例示されています。
- 1),2)の設置・移転・採用・変更に関する部分は、セーフティーアセスメントと重複しているところもありますが、化学品の取扱い実態は事前の想定と同じとは限りません。
- プラントの作業方法や手順は、細かい部分では作業者によって変更されている可能性があるので、変更のタイミングだけでなく、定期的なリスクアセスメントの見直しが必要でしょう。
次回は手順について解説いたします。