第十八回 労働安全衛生と化学物質管理
日本ケミカルデータベース株式会社
コンサルタント 北村 卓
労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針、危険性又は有害性の調査の指針および化学物質等による危険性又は有害性等の調査に関する指針
前回に引き続き、労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)について解説していきます。
6. 対象の選定
事業者は、次により調査等の実施対象を選定する。
(1)事業場におけるすべての化学物質等のハザード調査
(2)過去に労働災害が発生した作業、危険又は健康障害のおそれがある事象が発生した作業等、化学物質等によるハザードによる負傷・疾病の発生が合理的に予見可能であるもの
既に記したように全ての化学物質とそれを取扱う作業がこの指針の対象です。(2)の後段に「合理的に予見可能」とありますが、これを遺漏無く実施することは易しくはありません。各種のハザード解析やリスクアセスメント手法を用いることで、直感や経験に頼らないリスクを洗い出すことができます。もっとも合理的に予見できるのであれば、その時点で何らかの対策をとることも考えられますので、日常的な作業の見直しと包括的なリスクアセスメント・マネジメントの併用になることが考えられます。定期的で継続的な見直しを行い、現場で発生したヒヤリハットなどのトラブル事例があれば、そこからも起こりうる最悪の事態を想定したリスクを考えるようにしたいものです。
7. 情報の入手
(1)事業者は、次の資料等を入手し、その情報を活用する。現場の実態を踏まえ、定常的な作業に係る資料等だけでなく、非定常作業に係る資料等も含める。
- ア SDS、仕様書、機械設備等に係るハザードに関する情報
- イ 作業標準、作業手順書等
- ウ 機械設備等のレイアウト等、作業の周辺の環境に関する情報
- エ 作業環境測定結果
- オ 複数の事業者が同一の場所で作業を実施する状況に関する情報
- カ 災害事例、災害統計等
- キ その他、参考となる資料
(2) 事業者は、情報の入手に当たり、次に掲げる事項に留意する。
- ア 新たな化学物質を外部から取得する場合には、譲渡・提供する者から、SDSを入手する。
- イ 新たな機械設備を外部から導入する場合には、メーカーに設計・製造段階で調査等を実施することを求め、その結果を入手する。
- ウ 機械設備の使用・改造を行う場合で、自らが管理権原を持たないときは、管理権原を有する者の実施した調査等の結果を入手する。
- エ 複数の事業者が同一の場所で作業する場合には、混在作業における化学物質等による労働災害を防止するために元方事業者が実施した調査等の結果を入手する。
- オ 化学物質等のハザードがある場所で、複数の事業者が作業を行う場合には、元方事業者が実施した調査等の結果を入手する。
リスク評価では予め必要な情報を入手しておくことが必要です。情報が更新されず古い情報に基づいてリスク評価を行っても、評価結果は変わらないことが多く、結果としてリスク評価そのものが形骸化する危険性があります。文書情報は最新版を入手し、それに自社のヒヤリハット事例なども含めることが望ましいでしょう。
8. 危険性又は有害性(ハザード)の特定
(1) 事業者は、作業標準等に基づき必要な単位で作業を洗い出し、「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)」の分類に則して、各作業のハザードを特定する。工程・配置ごとに分割したブロック内の設備ごとに調査対象とし、化学物質のハザードを特定することができる。
(2)事業者は、労働者の疲労等の危険性・有害性への付加的影響を考慮する。
ハザードの特定では、これまで労働安全衛生法で規制の対象となってきた項目以外でも、作業者に好ましくない影響を与える項目についても、GHSの分類によって調査を行うこととされています。この指針では化学物質のハザードだけでなく設備・作業方法も調査の対象となっており、これはばく露情報としてリスク評価に利用します。労働安全衛生の管理からは外れますが、環境排出や廃棄物管理の見地から、化学物質の環境影響についてもSDSからの情報を参考として環境リスクを評価した適切な管理が望まれます。
9. リスクの見積り
(1) 事業者は、リスク低減の優先度を決定するため、次に掲げる方法により、化学物質のハザードにより発生するおそれのある負傷・疾病の重篤度と発生の可能性の度合を考慮して、リスクを見積もる。
- ア 負傷・疾病の重篤度と発生する可能性を相対的に尺度化し、それぞれを縦軸と横軸とし、あらかじめ重篤度及び可能性の度合に応じてリスクが割り付けられた表を使用してリスクを見積もる方法
- イ 負傷・疾病の発生する可能性とその重篤度を一定の尺度によりそれぞれ数値化し、それらを加算・乗算等でリスクを見積もる方法
- ウ 負傷・疾病の重篤度と発生する可能性を段階的に分岐してリスクを見積もる方法
(2) 事業者は、化学物質等による疾病については、化学物質の有害性の度合とばく露量を考慮して次の手法により見積もることができるが、可能であればアの方法を採ることが望ましい。
- ア 調査対象の化学物質への労働者のばく露濃度等を測定し、測定結果をばく露限界(日本産業衛生学会の「許容濃度」等)と比較する方法。ばく露濃度等がばく露限界を下回る場合は、リスクは許容範囲内であるものとしてよい。
- イ 調査対象の化学物質の有害性と労働者のばく露の程度を相対的に尺度化し、それぞれを縦軸と横軸とし、あらかじめ有害性とばく露の程度に応じてリスクが割り付けられた表を使用してリスクを見積もる方法。
(3) 事業者は、の負傷・疾病の発生の可能性の度合や労働者のばく露濃度の評価を行う際には次の事項を把握し活用する。(ケについては、当該情報を有する場合)
- ア 化学物質の性状
- イ 製造量・取扱量
- ウ 作業の内容
- エ 作業の条件及び関連設備の状況
- オ 作業への人員配置の状況
- カ 作業時間
- キ 換気設備の設置状況
- ク 保護具の使用状況
- ケ 既存の作業環境中の濃度・ばく露濃度の測定結果・生物学的モニタリング結果
(4)事業者の(1)又は(2)の見積りは、GHSのハザードの分類に則し、次の事項を考慮する。
- ア 安全装置の設置、立入禁止措置、排気・換気装置の設置、その他の労働災害防止のための機能・方策(安全衛生機能)の信頼性と維持能力
- イ 安全衛生機能等を無効化する又は無視する可能性
- ウ 作業手順の逸脱、操作ミスその他の予見可能な意図的・非意図的な誤使用又は危険行動の可能性
- エ 有害性が立証されていない場合でも、一定の根拠があればその根拠に基づき、有害性が存在すると仮定して見積もるよう努める。
(5)事業者は、(1)の見積りでは次の事項に留意する
- ア 予想される負傷・疾病の対象者と内容を明確に予測する
- イ 過去に発生した負傷・疾病の重篤度ではなく、最悪の状況を想定した最も重篤な負傷・疾病の重篤度を見積もる。
- ウ 負傷・疾病の重篤度は、傷害や疾病等の種類にかかわらず、共通の尺度を使うことが望ましいことから、負傷・疾病による休業日数等を尺度として使用する。
リスク評価方法の概要が記されています。リスクは取扱いの実態に応じて評価されるもので、厚生労働省から出される指針にはこれよりも詳細な方法を記すことには無理があるでしょう。具体的な手法については、参考書やインターネットからの情報を参考にしていただきたいと思います。このメールマガジンでも、後に簡単に説明をしたいと思います。
負傷・疾病の重篤度の見積もりにはいろいろな方法がありますが、指針では指標として休業日数を用いることを提案しています。過去の事例ではなく、想定されるうちで最も重篤な負傷・災害の休業日数を見積もることは決して易しいことではないでしょう。
リスク評価結果は必要な対策のための優先度決定に用いられます。許容できないリスクが残存していると判断されれば、順次適切な措置を実施します。
10. リスク低減措置の検討及び実施
(1) 事業者は、法令に定められた事項は必ず実施する。次の優先順位でリスク低減措置内容を検討の上、実施する。
- ア 高ハザード化学物質の使用の中止又はハザードのより低い物への代替
- イ 化学反応のプロセスの運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更による、負傷が生ずる可能性の度合又はばく露の程度の低減
- ウ 機械設備等の防爆構造化、安全装置の二重化等の工学的対策又は機械設備の密閉化、局所排気装置の設置等の衛生工学的対策
- エ マニュアルの整備等の管理的対策
- オ 個人用保護具の使用
(2)(1)の検討ではリスク低減に要する負担がリスク低減による労働災害防止効果に比べて大幅に大きく、著しい不均衡が発生する場合で、措置を講ずることを求めることが著しく合理性を欠くと考えられる場合を除き、可能な限り高い優先順位のリスク低減措置を実施する必要がある。
(3) 死亡、後遺障害、重篤な疾病をもたらすおそれのあるリスクに、適切な低減措置の実施に時間を要する場合は、暫定的な措置を直ちにとる
ここに記されているリスクの低減措置は、特化則や有機則などの特別規則に記載されている内容と同じです。これらの規則の説明のときにも記しましたが、対策がオの個人用保護具の使用だけに留まっていることは許容されません。
11. 記録
事業者の記録する事項は、以下のものとしています。
- (1) 調査した化学物質等
- (2) 洗い出した作業又は工程
- (3) 特定したハザード
- (4) 見積もったリスク
- (5) 設定したリスク低減措置の優先度
- (6) 実施したリスク低減措置の内容
リスクは化学物質の種類だけでなく、取り扱い工程・作業方法や使用する設備によって変わります。リスク評価と低減措置を実施したという結果を記録に残すだけでなく、リスク評価の前提条件も記録に留め、再評価時にはその前提条件が変化しているかどうか、といった点についても検討することが必要です。
はじめに記したように、この指針は単に危険有害性の調査に留まらず、ばく露調査を行った結果を用いてリスク評価するための指針です。「9 リスクの見積り」にはリスク評価の概要しか記されていませんので、慣れていなければどうすればよいのかわからない部分もあるでしょう。これについては、別の機会に説明を加えたいと思います。